Suzukiy011119

 アメリカのアフガン報復戦争と

ロシアにおけるチェチェン紛争との比較(1)

 

前回、不本意ながら講義メモを完成させることができなかったので、この前の続きを書こうと思う。

 

http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/anzen/europe/178map01.html

外務省海外安全情報のページ。旅行の際の危険が高い地域について注意を呼びかけている

関連地図

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    チェチェンとロシアの争いは200年前に遡る。

    強国に囲まれ、昔から侵攻・撤退の歴史。5000メートル級の山々が存在し、敵が攻めてくるとそこへ逃げ込み、山岳で抵抗運動。この点はアフガニスタンと酷似。

    1991年、ソ連邦崩壊に伴い、チェチェンは独立を宣言。阻止したいロシアは再び暴力という手段をとる。しかし完全な決着がつかず、事態は膠着。

    エリツィン辞任の後を継いだプーチンは、チェチェン弾圧推進派。それで自らの力を誇示し、絶大な支持率を誇る。

    チェチェンはもともとイスラム教の地であったが、その中でも世俗的な色合いの強いスーフィズムが信仰されていた。しかし近年、原理主義的考えが流入し始め、西側から危険視されるようになる。裏でウサマ・ビンラディンとの関わりも指摘されている。

    米ブッシュ政権は、テロ以前、チェチェンでの人権侵害を非難。もっとも、チェチェンをなんとかしようという思いからではなく、ロシアを攻撃する材料としてのものであった。

    同時多発テロ後、一転しチェチェンのイスラム原理主義過激派の取り締まりを容認。ロシアに接近し、テロ撲滅へ向け、協調政策へ移行。